満目蕭条
読み方:まんもくしょうじょう
「満目蕭条」の意味
「満目蕭条」とは、見渡すかぎり、あたり一面がひっそりとしてもの寂しいさまです。
人の心情そのものより、秋野や荒野、寂れた町など、目に入る景色全体を描く文章語として用いられます。
「満目蕭条」の語源・由来
「満目蕭条」は、唐の詩人・李白の「秋浦歌」を出典として挙げる資料があります。
「秋浦歌十七首」の第一首は「秋浦長似秋、蕭條使人愁」と始まり、「蕭条」の語で秋浦のもの寂しい景色を描いています。
ただし、この詩に「満目蕭条」という四字が続けて現れるわけではありません。
現在と同じ「滿目蕭條」の四字形は、南宋の胡寅が建炎三年(1129年)に皇帝へ提出した「上皇帝萬言書」に見られます。
そこでは、戦乱の影響を受けた土地について
「田疇荒萊、室廬破毁、生聚不保、滿目蕭條」
と記されています。
少なくとも12世紀の中国では、現在と同じ四字の並びが用いられていたことが分かります。
「満目蕭条」の使い方
次のような形で使われます。
- 「満目蕭条たる〜」
後ろに「山野」「原野」「光景」などを続けます。「満目蕭条たる山野」のような、文語的で硬い言い方です。 - 「満目蕭条とした〜」
後ろに景色や場所を表す言葉を続けます。「満目蕭条とした郊外」「満目蕭条とした風景」などの形です。 - 「満目蕭条として〜」
後ろにその場所の状態を続けます。「満目蕭条として人影もない」のように使います。
「満目蕭条」の例文
- 冬の高原には、満目蕭条たる景色がどこまでも続いていました。
- かつて商店が並んでいた駅前も、今では満目蕭条とした町並みに変わっています。
- 激しい戦いが終わった翌朝、丘から見下ろす村は満目蕭条として、人の気配さえありませんでした。
「満目蕭条」の類似表現
満目荒涼(まんもくこうりょう)
見渡すかぎり荒れ果てているさまを表します。
「荒涼」には土地や建物などが荒れている意味がはっきり含まれるため、荒野や災害・戦乱の跡などを描く場合に適しています。
満目蕭然(まんもくしょうぜん)
意味はほぼ同じで、多くの場面で言い換えられます。
「蕭然」も、見えるものすべてがもの寂しい様子を表す語です。
「満目蕭条」を構成する言葉の意味
満目(まんもく)
目に見えるかぎり、見渡すかぎりという意味です。
一部分ではなく、視界に入る範囲全体を指します。
蕭条(しょうじょう)
ひっそりとして、もの寂しいさまを表す漢語です。
人や物の動きが乏しく、生気の薄い景色を表す場合にも用いられます。
「満目蕭条」の古い用例
日本では、室町時代初期の禅僧・絶海中津の詩文集『蕉堅藁』に早い用例があります。
同書の「氷青山廃寺」には
「氷青山裏古禅林、満目蕭条枳刺深」
とあり、寺の周囲の寂れた景観を漢詩の中で「満目蕭条」と表現しています。
『蕉堅藁』は1403年の序を持つ五山文学の資料で、この時期の日本ですでに四字形が使われていたことを示します。
昭和期には、正宗白鳥の『他所の恋』(1939~1940年)に
「花もしぼみ鳥も唄わず、満目蕭条とした広野を」
という用例があります。
「満目蕭条とした」の形が近代の日本語散文でも用いられていた例です。
参考文献・出典
- 新村出編『広辞苑』第七版、岩波書店、2018年。
- 飯間浩明編『小学館 四字熟語を知る辞典』小学館、2018年、「満目蕭条」項。
- 小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005~2006年、「満目蕭条」項。
- 『全唐詩』巻167、李白「秋浦歌十七首」其一。
- 胡寅『斐然集』「上皇帝萬言書」。
