湯水のように
読み方:ゆみずのように
「湯水のように」の意味
金銭などを惜しげもなく、大量に使ったり費やしたりするさまを表す言葉です。
特に、必要以上に使うことを批判する場合が多く、浪費や無駄遣いという否定的な含みがあります。
「湯水のように」の語源・由来
「湯水」は、もともと湯と水を合わせた言葉です。
そこから、豊富にあって惜しまず使えるものに見立てられ、さらに、たくさんあるものを粗末に扱うことのたとえにも用いられるようになりました。
「湯水のように」は、このたとえとした「湯水」を「〜のように」という比較の形で使った表現です。
「日本は水が豊富だから」という説明だけで成立の事情を断定するのではなく、「湯水」そのものに、豊富なものを惜しげもなく使うという意味が生じたとして、この表現の成り立ちを考えることが重要です。
「湯水のように」の使い方
「湯水のように」は「使う」と強く結びつきますが、「注ぎ込む」「出ていく」など、金銭や資源の大量の消費・流出を表す動詞とも組み合わせられます。
次のような型がよく使われます。
- 「〜を湯水のように使う」
「〜」には、金・資金・税金など、使えば減っていくものが入ります。「税金を湯水のように使う」「資金を湯水のように使う」などの形です。 - 「〜を湯水のように注ぎ込む」
事業や計画などに大量の金銭を投入する場合に使います。「開発に資金を湯水のように注ぎ込む」「事業に巨額の金を湯水のように注ぎ込む」などと使います。 - 「〜が湯水のように出ていく」
金銭そのものを主語にして、大量に失われていく様子を表す形です。「毎月、金が湯水のように出ていく」「修理費で貯金が湯水のように出ていく」などと使います。
「湯水のように」の例文
- 彼は高級車や時計を次々と買い、せっかく受け取った遺産を湯水のように使ってしまいました。
- 新商品の開発を成功させようと、会社は研究部門へ資金を湯水のように注ぎ込みました。
- 古い家を全面的に改修し始めると予想外の工事が次々に必要となり、お金が湯水のように出ていきました。
「湯水のように」の類似表現
金に糸目を付けない(かねにいとめをつけない)
費用を惜しまず、必要ならいくらでも金を使うという意味で、金額に制限を設けない姿勢を表します。
「最高の設備をそろえるためなら金に糸目を付けない」のように、目的のため意図的に大金を使う場合にも使えるため、必ずしも浪費を非難する表現ではありません。
「湯水のように」は、節度なく大量に費やしているという批判的な響きを伴いやすい点が異なります。
惜しげもなく(おしげもなく)
何かを惜しむ様子を見せずに差し出したり使ったりすることを表し、金銭だけでなく、労力や知識などにも広く使えます。
好意的な行いにも使えるため、「惜しげもなく知識を教える」のような文では浪費の意味はありません。
「湯水のように」の古い用例
近松門左衛門の浄瑠璃『女殺油地獄』(1721年)には、「大事の金銀を湯水の様に川遊び」という記述あります。
「湯水の様に」という書き表し方で、金銀を惜しげなく費やすたとえとして、すでに使われています。
『精選版 日本国語大辞典』では、「湯水」が「沢山あるものを粗末にする」たとえとして用いられた形が、初めて世に出た例に挙げられています。
式亭三馬の滑稽本『浮世風呂』(1809~1813年)には、「無益の事にパッパと湯水の様につかっては」という記述があります。
「湯水の様に」に直接「つかう」が続いており、19世紀初めには、現在の「湯水のように使う」とほぼ同じ言い回しが用いられていました。
参考文献・出典
- 新村出編『広辞苑』第七版、岩波書店、2018年。
- 米川明彦・大谷伊都子編『日本語慣用句辞典』東京堂出版、2005年、「湯水のように」項。
- 小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005~2006年、「湯水」「湯水のように使う」項。
- 『ルーツでなるほど慣用句辞典』「湯水のように遣う」項。
- 研究社「実践で学ぶ コーパス活用術13 日本語コーパスに見られる慣用句の変化可能性」。
