和光同塵
読み方:わこうどうじん
「和光同塵」の意味
すぐれた才能や徳をあえて表に出さず、世俗の人々に交じって暮らすことです。
仏教では、仏・菩薩が本来の威光をやわらげ、この世に仮の姿を現して人々を救うこともいいます。
「和光同塵」の語源・由来
もとになったのは、中国の思想書『老子』第四章と第五十六章に見える
「和其光、同其塵」
です。
「其の光を和らげ、其の塵に同ず」と読み、第四章では
「挫其鋭、解其紛、和其光、同其塵」
と続きます。
ここで「光」は外へ現れる知恵や才知の輝き、「塵」は人々が暮らす俗世を指します。
『老子』の本文には「和光同塵」という四字がそのまま連続しているのではなく、「和其光」と「同其塵」という二つの句があります。
後世、この二句からそれぞれ「其」を省いた「和光同塵」が成句となりました。
現在と同じ四字形は、中国の後代の文献に実在します。
唐代に編纂された『藝文類聚』巻二十三が引用する魏の卞蘭「座右銘」には、
「従容順時、和光同塵」
とあります。
したがって、現在の四字形は『老子』そのものの語形ではなく、その句をもとに中国で後世に成立したものです。
ただし、四字形が最初に成立した時期を一つの年代に確定することはできません。
この考え方は仏教にも取り入れられ、仏・菩薩が人々を導くために本来の姿を変えて俗世に現れることをいうようになりました。
日本ではさらに本地垂迹の思想と結びつき、仏・菩薩が神などの姿となって人々の前に現れることの説明にも用いられました。
「和光同塵」の使い方
次のような形で使われます。
- 「和光同塵の〜」
後ろに「境地」「精神」「姿勢」などを続けます。「和光同塵の境地」などの形です。 - 「和光同塵を〜」
「心掛ける」「旨とする」などを続けます。「和光同塵を心掛ける」のように使います。 - 「和光同塵して〜」
後ろに行動を続けます。「和光同塵して世に交わる」などの形です。古くから「和光同塵して」という使い方が見られます。
「和光同塵」の例文
- 豊富な知識を持つ祖父は、それを人に誇ることなく、長年和光同塵して町の人々と付き合ってきました。
- 新しい組織では実績を急いで示そうとせず、しばらくは和光同塵を心掛けることにしました。
- 名声を求めず人々の中で静かに働く彼の生き方には、和光同塵の精神が感じられます。
「和光同塵」の類似表現
自己韜晦(じことうかい)
自分の本心・学識・地位などを包み隠し、人に知られないようにすることです。
「自己韜晦」は「隠す」という行為そのものに重点がありますが、「和光同塵」には、才徳を目立たせないだけでなく、世間の人々の中へ交じって身を置くという要素があります。
「和光同塵」の古い用例
平安時代の空海『秘蔵宝鑰』巻中には、
「和光同塵抑有前聞」
とあります。
『秘蔵宝鑰』は830年ごろの著作で、日本で「和光同塵」という四字形が使われていた早い例です。
この箇所は、徳や智慧を備えた人物が世の中にいても容易には見分けられないという問答の中に置かれています。
室町時代の1420年の『応永本論語抄』公冶長第五には、
「聖人は和光同塵して、悪人に交ても煩なし」
という例があります。
「和光同塵して」と動詞のようにつなぎ、聖人がさまざまな人と交わることを述べており、この時期には『老子』に基づく世俗的な意味でも用いられていました。
参考文献・出典
- 新村出編『広辞苑』第七版、岩波書店、2018年。
- 飯間浩明編『小学館 四字熟語を知る辞典』小学館、2018年、「和光同塵」項。
- 小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005~2006年、「和光同塵」項。
- 『老子(道徳経)』第四章・第五十六章。
- 欧陽詢ほか編『藝文類聚』巻二十三「鑒誡」所引、魏・卞蘭「座右銘」。
- 空海『秘蔵宝鑰』巻中、830年ごろ。
- 『応永本論語抄』公冶長第五、1420年。
- 『日本大百科全書』「和光同塵」項、末木文美士。
