砂を噛むよう
読み方:すなをかむよう
「砂を噛むよう」の意味
物事に味わいや面白みがなく、無味乾燥で興味がわかないことをたとえた表現です。
単に「嫌だ」「苦しい」というのではなく、楽しさや手応えが感じられず、味気ないという響きを持ちます。
「砂を噛むよう」の語源・由来
砂を噛んでも、食べ物のような味わいがないことから生まれた表現です。
口の中で砂を噛んでいるかのような味気なさを、物事の面白みや楽しさが感じられない状態にたとえるようになりました。
明治時代には、食べ物の味だけでなく、文章を読んでも興味がわかない場合にも使われており、味覚から物事の「味わい」へ意味が広がっていたことが分かります。
「砂を噛むよう」の使い方
次のような型がよく使われます。
- 「砂を噛むような+名詞」
「な」を介して、味気なく感じる物事を後ろの名詞で示します。「砂を噛むような毎日」「砂を噛むような文章」などの形です。 - 「〜は/が砂を噛むようだ」
文章、話、生活などを主題や主語にして、その状態を述べます。「この報告書は砂を噛むようだ」「議論が砂を噛むようだった」などと使います。 - 「〜は/が砂を噛むようで〜」
「ようで」の後ろに、そのために生じる感想や状態を続けます。「説明は砂を噛むようで頭に入らない」「毎日が砂を噛むようで張り合いがない」などの形です。
「砂を噛むよう」の例文
- 新しい仕事にはすぐ慣れたものの、変化のない作業が続き、毎日が砂を噛むようだった。
- 資料には数字が並んでいるだけで、最後まで読んでも砂を噛むような印象しか残らなかった。
- 緊張で食欲を失っていた彼には、せっかくのごちそうも砂を噛むようで、ほとんど箸が進まなかった。
「砂を噛むよう」の類似表現
味気ない(あじけない)
「味気ない」は、面白みや楽しさがないことを日常的に表せる形容詞です。
「味気ない生活」「味気ない返事」など幅広く使えます。
「砂を噛むよう」は比喩を用いるため、「味気ない」よりも感覚的で、退屈さや空虚さを印象深く表したいときに向いています。
無味乾燥(むみかんそう)
「無味乾燥」は、味わいや面白みがないことを表すやや硬い言葉です。
文章、説明、議論などについて「無味乾燥な文章」「無味乾燥な説明」といった形で使いやすい表現です。
「砂を噛むよう」には、自分自身が味気なさを感じているという感覚的な比喩があるため、文章だけでなく生活や会話、食事などにも広く使えます。
「砂を噛むよう」の古い用例
『精選版 日本国語大辞典』では、雑俳『軽口頓作』の1709年の記述「時による・今夜の念仏すなをかむ」が初めて世に出た例として挙げられています。
18世紀初めには、現在の表現につながる「すなをかむ」という言い回しがすでに使われていました。
徳富蘆花『思出の記』(1900~1901年)には、「馬太伝第一章から読み始めた。宛ながら砂を噛む様だ」とあります。
ここでは食物ではなく読書について使われており、明治時代には文章の面白みのなさを表す比喩として定着していたことが分かります。
「砂を噛むよう」の間違いやすい使い方
「砂を噛むよう」は「悔しくてたまらない」という意味で使う言い方が広がっているため、意味を取り違えやすい表現です。
文化庁の平成30年度「国語に関する世論調査」では、「砂をかむような思いがした」の意味について、辞書等で本来の意味とされる「無味乾燥でつまらない様子」を選んだ人が32.1%だったのに対し、「悔しくてたまらない様子」を選んだ人は56.9%でした。
辞書的には「悔しくてたまらない」は本来の意味とは異なるとされています。
この意味がどのように生じたのかは明らかになっていませんが、特に「砂を噛むような思い」という言い方は意味が分かれやすいため、文章では「砂を噛むような味気ない日々」など、意図が伝わる文脈にすると誤解を避けやすくなります。
参考文献・出典
- 新村出編『広辞苑』第七版、岩波書店、2018年。
- 米川明彦・大谷伊都子編『日本語慣用句辞典』東京堂出版、2005年、「砂を噛むよう」項。
- 小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005~2006年、「砂を噛むよう」項。
- 文化庁『平成30年度「国語に関する世論調査」の結果の概要』2019年。
- 神永曉「第420回『砂をかむよう』ってどんな意味?」『日本語、どうでしょう?』2019年11月25日。
