読み方:しがにもかけない

「歯牙にも掛けない」の意味

「歯牙にも掛けない」とは、人や意見、うわさなどを、取り上げるほどのものではないとして、まったく問題にせず相手にしないことです。

単に「気にしない」というだけでなく、相手や物事を「取り合うほどの価値もない」と低く見ている場面でも使われます。

中島敦『山月記』では、李徴が昔の同僚を「鈍物として歯牙にもかけなかった」と書かれており、相手を自分より劣る者と見て問題にもしなかったことが伝わります。

「歯牙にも掛けない」の語源・由来

「歯牙にも掛けない」の背景には、中国の歴史書『史記』の「叔孫通伝」にある表現があります。

陳勝らが兵を挙げた際、叔孫通は秦の二世皇帝に対して、彼らは大した者ではないという趣旨で、

何足置之齒牙閒

と述べています。「どうしてこれを歯牙の間に置くほどのことがあろうか」という意味で、口に出して取り上げるにも値しないというたとえです。

日本語にも「歯牙の間に置く」「歯牙に掛ける」という形があり、「取り立てて言う」「問題にする」という意味で使われてきました。「歯牙にも掛けない」は、これを否定して「取り上げることさえしない」という意味になります。

「歯牙にも掛けない」の使い方

人や意見、批判、うわさなどを「歯牙にも掛けない」の目的語として、「彼の意見を歯牙にも掛けない」「世間のうわさなど歯牙にも掛けない」のように使います。

「〜など」「〜なんか」と組み合わせると、その対象を重要なものと考えていないことが、よりはっきり伝わります。

また、「歯牙にも掛けず」の形で、「周囲の批判を歯牙にも掛けず、自分の考えを貫いた」のように、後ろの動作につなげることもできます。木下尚江『火の柱』にも「歯牙にも掛けずありける」という形が使われています。

人に向けて使うと、相手を取るに足りない人物と見ていることが伝わりやすいため、本人に直接言うにはかなり強い表現です。

「歯牙にも掛けない」の例文

  • 彼は周囲からの批判など歯牙にも掛けないで、自分の計画を進めた。
  • 優勝候補の選手は、予選で当たる相手を歯牙にも掛けない様子だった。
  • 部長は若手社員の提案を歯牙にも掛けなかったが、後になってその重要性に気づいた。

「歯牙にも掛けない」の類似表現

眼中にない(がんちゅうにない)

「眼中にない」も、人や物事を気に掛けず、考慮の対象にしないときに使われます。

「彼にはほかの候補など眼中にない」のように、関心や意識が向いていないことをいう場合にも使えます。

一方、「歯牙にも掛けない」は、もともと「口に出して取り上げるほどでもない」という表現なので、「相手にする価値もない」「問題として取り上げるまでもない」と見る場面によく合います。

「歯牙」とはどのような意味?

「歯牙」は、もともと「歯と牙」、または単に「歯」を指す言葉です。

そこから「ことば」「言説」「口の端」という意味でも使われるようになりました。

「歯牙にも掛けない」の「歯牙」はこの後者の意味につながっており、文字どおり「歯や牙でかみつこうともしない」という意味ではありません。「歯牙に掛ける」で、口に出して取り上げる、問題にすることをいいます。

「歯牙にも掛けない」の古い用例

1525年の『古文真宝笑雲抄』には、「此賦を歯牙に不掛者」という形があります。「歯牙に掛ける」という言い方が、室町時代にはすでに用いられていたことが分かる例です。

木下尚江『火の柱』には、

歯牙にも掛けずありける九州炭山坑夫の同盟罷工

とあります。『火の柱』は1904年に『毎日新聞』へ発表された作品で、ここでは、それまで重大な問題として扱われていなかった炭鉱労働者の同盟罷工について使われています。

中島敦『山月記』では、

鈍物として歯牙にもかけなかったその連中

という形で登場します。李徴がかつての同僚を自分より劣る者と見て相手にしていなかったことを示しています。『山月記』は1942年2月に発表されました。

「歯牙にも掛けない」の表記

「歯牙にも掛けない」のほか、「歯牙にもかけない」と「かけない」をひらがなで書くこともあります。

また、もとの「歯牙にかける」は「歯牙に懸ける」と表記されることもあります。「掛ける」と「懸ける」の表記だけで別の慣用句になるわけではありません。

参考文献・出典

  • 新村出編『広辞苑』第七版、岩波書店、2018年。
  • 米川明彦・大谷伊都子編『日本語慣用句辞典』東京堂出版、2005年、「歯牙にも掛けない」項。
  • 小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005~2006年、「歯牙」「歯牙に懸ける」項。
  • 司馬遷『史記』巻九十九「劉敬叔孫通列伝」。
  • 木下尚江『火の柱』、1904年。
  • 中島敦『山月記』、1942年。

ABOUT ME
北澤篤史
ことわざ学会理事。ことわざ・慣用句・故事成語・四字熟語・漢字熟語を対象に、語源・由来、古い用例、文献上の変遷を研究している。2025年度ことわざ研究奨励賞受賞。著書に『〈試験に出る〉マンガでわかる すごいことわざ図鑑』『〈試験に出る〉マンガでわかる おもしろい四字熟語図鑑』『マンガでわかる 漢字熟語の使い分け図鑑』(いずれも講談社)がある。