精も根も尽き果てる
読み方:せいもこんもつきはてる
「精も根も尽き果てる」の意味
精力も根気もすっかり使い果たし、物事を続ける気力がなくなることです。
体が疲れているだけでなく、精神的にも力を使い切った状態を表します。
「精も根も尽き果てる」の使い方
次のような型がよく使われます。
- 「〜で/〜て精も根も尽き果てる」
激しい活動や長く続いた苦労などを前に置く形です。「連日の交渉で精も根も尽き果てる」「何時間も歩いて精も根も尽き果てた」などと使います。 - 「精も根も尽き果てて〜」
力を使い切ったあとの行動や状態を続けます。「精も根も尽き果てて座り込む」「精も根も尽き果てて動けない」などの形です。 - 「精も根も尽き果てた〜」
後ろの名詞を修飾する形です。「精も根も尽き果てた選手」「精も根も尽き果てた様子」などと使います。
「精も根も尽き果てる」の例文
- 難しい案件への対応が何週間も続き、担当者はとうとう精も根も尽き果てた。
- 延長戦まで全力で戦った選手たちは、試合終了の笛とともに精も根も尽き果てて芝生に座り込んだ。
- 家族の世話をしながら引っ越しの準備まで一人で進め、すべてが終わるころには精も根も尽き果てていた。
「精も根も尽き果てる」の類似表現
精根尽き果てる(せいこんつきはてる)
意味はほぼ同じで、多くの場面で言い換えられます。
「精も根も」と分けず、「精根」という一語を使った形です。
疲労困憊(ひろうこんぱい)
ひどく疲れ切った状態を表す四字熟語です。
「精も根も尽き果てる」は、体力に加えて物事を続ける根気まで使い切ったことを言葉の形として明確に示します。
「精も根も尽き果てる」に含まれる言葉の意味
「精」は、ここでは物事に取り組むための精力を指し、「根(こん)」は、植物の根ではなく、物事に耐えて続ける気力や根気という意味です。
国語辞典でも、この言葉の例文として「精も根もつきはてる」が挙げられています。
「精力」と「根気」を合わせた「精根」という言葉もあり、「精根尽き果てる」の形で使われます。
「精も根も尽き果てる」の古い用例
甲賀三郎の小説『愛の為めに』には、「精も根も尽き果てて終った」とあります。
同作が初めて世に出たのは『探偵文藝』1926(大正15)年4月号で、この時期には「精も根も尽き果てる」という現在と同じ言い回しが使われていました。
『新潮』1940(昭和15)年5月号に発表された、太宰治の『走れメロス』では、「この大事な時に、精も根も尽きたのだ」と、「果てる」を伴わない形が使われています。
定型の「精も根も尽き果てる」だけでなく、「精も根も尽きる」という言い回しも文学作品には見られます。
「精も根も尽き果てる」の間違いやすい使い方・表記
定型は「精も根も尽き果てる」です。
「精も根も枯れ果てる」「精も根も疲れ果てる」とするのは適切ではありません。
ただし「精根尽き果てる」は、誤りではなく同じ意味で使われる表現です。
参考文献・出典
- 新村出編『広辞苑』第七版、岩波書店、2018年。
- 米川明彦・大谷伊都子編『日本語慣用句辞典』東京堂出版、2005年、「精も根も尽き果てる」項。
- 小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005~2006年。
- 松村明監修『大辞泉』第二版、小学館、2012年。
- 甲賀三郎「愛の為めに」『探偵文藝』第2巻第4号、奎運社、1926年4月。
- 太宰治「走れメロス」『新潮』第37巻第5号、新潮社、1940年5月。
