絵に描いたよう
読み方:えにかいたよう
「絵に描いたよう」の意味
美しくすばらしい様子や、ある事柄・状態がいかにも型にはまった典型的である様子をたとえた表現です。
美しい景色などをほめる場合のほか、「絵に描いたような優等生」「絵に描いたような悪役」のように、その特徴を典型的に備えていることを表す場合もあります。
後者では、必ずしもほめ言葉になるとは限りません。
「絵に描いたよう」の語源・由来
実際の景色や人物などを、絵に描かれたもののようだとたとえる言い回しです。
現実のものを絵になぞらえる表現は古くから日本語に見られますが、現在の「絵に描いたよう」が一つの慣用的な表現として、いつ成立したのかは明確ではありません。
「絵に描いたよう」の使い方
次のような型がよく使われます。
- 「絵に描いたような〜」
後ろに人物、景色、状態などを表す名詞を置く形です。「絵に描いたような景色」「絵に描いたような優等生」などと使います。 - 「〜を絵に描いたような〜」
「〜」には、そのものが典型的に備えている内容や理想像などが入ります。「幸せを絵に描いたような家庭」「理想を絵に描いたような暮らし」などの形です。 - 「絵に描いたように〜」
「ように」の後ろに形容詞や動詞を続けます。「絵に描いたように美しい」「絵に描いたように整っている」などと使います。
「絵に描いたよう」の例文
- 湖と山並みが朝日に照らされた光景は、絵に描いたような美しさだった。
- 彼は成績がよく礼儀正しく、先生たちから見れば絵に描いたような優等生だった。
- 序盤で失点して焦りから反則を重ねる展開は、悪い意味で絵に描いたような負けパターンだった。
「絵に描いたよう」の類似表現
絵になる(えになる)
「絵になる」は、その人の姿や光景などが美しく、絵の題材にしたくなるほど見栄えがすることをいいます。
「絵に描いたよう」には「典型的で、まさにお手本となるような」という使い方もありますが、「絵になる」には通常その意味はありません。
「絵になる二人」は見た目や雰囲気のよい二人、「絵に描いたような二人」は理想的・典型的な二人という言い方ができます。
「絵に描いたよう」の古い用例
藤原道綱母の『蜻蛉日記』には、「川のあなたは絵にかきたるやうに見えたり」という表現があります。
『蜻蛉日記』は974年以後に成立したとされる平安時代の日記文学です。
現代の「描いた」に当たる部分が「かきたる」となっていますが、実際の景色を絵のようだとたとえる点は現在の使われ方とよく似ています。
大正時代には、与謝野晶子の『私の生ひ立ち』に「絵に描いたやうな松の木」という表現があります。
同作は『新少女』に1915年(大正4年)4月から12月まで連載されました。
「よう」が古風な書き表し方の「やう」となっていますが、語の並びは現在の「絵に描いたような」とほぼ同じです。
「絵に描いたよう」の間違いやすい使い方・表記
「絵に描いたよう」と「絵に描いた餅」は別の表現です。
「実現しそうにない計画」「実際には役に立たないもの」という意味で「絵に描いたような餅」とするのは誤りで、その場合は「絵に描いた餅」といいます。
参考文献・出典
- 新村出編『広辞苑』第七版、岩波書店、2018年。
- 米川明彦・大谷伊都子編『日本語慣用句辞典』東京堂出版、2005年、「絵に描いたよう」項。
- 小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005~2006年。
- 小学館『デジタル大辞泉』「絵に描いたよう」項。
- 藤原道綱母『蜻蛉日記』。
- 与謝野晶子『私の生ひ立ち』、『新少女』1915年4月~12月初出。
