高嶺の花
読み方:たかねのはな
「高嶺の花」の意味
あこがれていても、自分には手が届かず、手に入れるのが難しい人や物のたとえです。
美しく魅力的な人、高価な品物などに使われます。
「絶対に手に入らない」と断定するよりも、魅力を感じているものの、今の自分からは遠いという気持ちを含みやすい表現です。
「高嶺の花」の語源・由来
「高嶺」は、高い山の峰や頂を意味します。
高い峰の上に咲く花は遠くから眺めることはできても、簡単に近づいて手に取れないことから、手の届かないものを「高嶺の花」にたとえるようになりました。
「高嶺の花」の使い方
次のような型がよく使われます。
- 「〜は高嶺の花だ」
人や物を話題として取り上げ、その人・物が自分には手の届きにくい存在であることを述べる形です。「あの高級車は高嶺の花だ」「彼女は僕には高嶺の花だ」などと使います。 - 「〜にとっては/〜には高嶺の花だ」
誰の立場から見て手が届かないのかを示す形です。「学生にとっては高嶺の花だ」「今の私には高嶺の花だ」などと使います。 - 「高嶺の花だと思う/高嶺の花と思う」
ある人や物を手の届かない存在だと見ていることを表します。「高嶺の花だと思っていた」「彼を高嶺の花と思っている」などの形です。 - 「高嶺の花になる/なった」
値上がりや状況の変化などによって、それまでより手が届きにくくなった場合に使えます。「海外旅行が高嶺の花になった」「人気商品の価格が上がり、高嶺の花になった」などと使います。
「高嶺の花」の例文
- 新入社員の給料では、その限定モデルの腕時計はまだ高嶺の花だが、いつか自分で買いたいと思っている。
- 学生時代、彼は周囲から高嶺の花と思われていたが、実際に話してみると気さくな人だった。
- 不作による値上がりで、以前は気軽に買えた果物が今年は高嶺の花になってしまった。
「高嶺の花」の類似表現
手が届かない(てがとどかない)
金額、能力、条件などが自分の範囲を超えている場合に幅広く使えます。
「高嶺の花」ほど、相手や対象に対するあこがれや魅力を含む必要はありません。
雲の上の存在(くものうえのそんざい)
著名人や非常に地位の高い人など、自分とは隔たりの大きい人物に使われることが多い表現です。
「高嶺の花」は人だけでなく、高価な品物などにも自然に使えます。
「高嶺の花」の古い用例
『精選版 日本国語大辞典』では、1734年の『誹諧いまみや艸(はいかいいまみやぐさ)』「女人形の記」にある「折事も高根の花や見たばかり」を初めて世に出た実例として挙げています。
ここでは現在一般的な「高嶺」ではなく、「高根」と表記されています。
この記述は「遠くから眺めるだけで、自分のものにはできないもの」という意味の例として収録されており、江戸時代にはすでに現在につながる比喩的な使い方がされていました。
享保19年(1734年)の『誹諧いまみや艸』には、あとがきが書かれた本が残されています。
「高嶺の花」の間違いやすい使い方・表記
一般には「高嶺の花」と書きますが、「高根の花」という表記も誤りとはいえません。
「高根」にも「高い峰」という意味があり、古い文献でも実際に使われています。
新聞では「嶺」が常用漢字ではないことなどから、「高根の花」を採用してきた例があります。
日常の文章では「高嶺の花」のほうが広く定着していますが、「高根」を単純な変換ミスとして直す必要はありません。
参考文献・出典
- 新村出編『広辞苑』第七版、岩波書店、2018年。
- 米川明彦・大谷伊都子編『日本語慣用句辞典』東京堂出版、2005年、「高嶺の花」項。
- 小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005~2006年、「高嶺の花」項。
- 北村孝一編『小学館 ことわざを知る辞典』小学館、2018年、「高嶺の花」項。
- 集英社辞典編集部編『ルーツでなるほど慣用句辞典』集英社、1991年、「高嶺の花」項。
- 毎日新聞校閲センター「高嶺? 高根? 『タカネの花』」、2019年4月16日。
