天真爛漫
読み方:てんしんらんまん
「天真爛漫」の意味
「天真爛漫」とは、飾ったり気取ったりせず、無邪気で屈託のない心が言葉や態度にそのまま表れているさまです。
人物の性格や様子について使うことが多く、好意的な人物評として用いられます。
「天真爛漫」の語源・由来
「天真爛漫」は、中国の宋代にはすでに用例が見られる表現です。
南宋の龔開による〈高馬小兒圖〉詩は、元代の呉師道『呉礼部詩話』に引かれており、その中に、
天真爛熳好容儀
とあります。
「爛熳」は「爛漫」と通じる表記で、ここでは絵に描かれた少年の生き生きとした容姿を形容しています。
さらに、南宋の岳珂『宝真斎法書賛』巻五「張長史春草三帖跋」には、
蓋其天真爛漫、妙入神品
と、現在と同じ「天真爛漫」の四字が見られます。
少なくとも宋代の文献に、現在につながる語形が存在していたことが分かります。
元末の陶宗儀『南村輟耕録』巻二十「狷潔」にも
「天真爛漫、超出物表」
という一節があります。
これは鄭思肖が描いた墨蘭の絵を評した箇所で、作為にとらわれない画境を表しています。
『輟耕録』は「天真爛漫」の出典として広く知られる資料ですが、宋代にも用例があるため、この一節だけを語の最初の成立とすることはできません。
「天真爛漫」の使い方
次のような形で使われます。
- 「天真爛漫な〜」
後ろに「性格」「人柄」「笑顔」「子ども」などを続けます。「天真爛漫な人柄」「天真爛漫な笑顔」などの形です。 - 「天真爛漫に〜」
後ろに動作を続けます。「天真爛漫に笑う」「天真爛漫に振る舞う」などと使います。 - 「〜は天真爛漫だ」
人物の性格やふるまいについて述べるときに使います。 - 「天真爛漫さ」
性格の一面を名詞として表す形です。「子どもの天真爛漫さ」などと続けます。
「天真爛漫」の例文
- 祖母は、孫の天真爛漫な受け答えを聞くたびに楽しそうに笑いました。
- 彼女は初対面の人たちの前でも天真爛漫に振る舞い、すぐに打ち解けていました。
- 弟は大人になっても天真爛漫で、うれしいことがあると表情にすぐ現れます。
「天真爛漫」の類似表現
天衣無縫(てんいむほう)
人物について使う場合は「天真爛漫」と意味がかなり重なります。
ただし「天衣無縫」は、詩や文章などについて、技巧の跡を感じさせず、しかもよく完成していることを表す場合もあります。
純真無垢(じゅんしんむく)
「純真無垢」は、心にけがれや邪心がなく、人をだましたり疑ったりする気持ちがないことに重きを置く表現です。
「天真爛漫」は、そうした純粋さが言葉や態度に明るく表れている様子にも使われます。
「天真爛漫」を構成する言葉の意味
天真
「天真」は、人の手が加わっていない本来のままの性質や、生まれつき備わった本性を表します。
人については、飾り気のない素直な性質を指します。
爛漫
「爛漫」には、花が一面に咲き乱れるさまのほか、光り輝くさまや、物事がはっきりと現れるさまという意味があります。
「天真爛漫」では、内にある本来の性質が表面に現れるという意味につながっています。
「天真爛漫」の古い用例
1878年(明治11年)刊の久米邦武編『特命全権大使米欧回覧実記』には、
天然により修めて公苑とせり、故に天真爛漫として、意味深遠の勝致あり
という用例があります。
ここでは人物ではなく、公園の景観について「天真爛漫」が使われています。
明治初期には、人工的に飾り立てていない景物の趣を表す場合にも用いられていたことが分かります。
「天真爛漫」の間違いやすい使い方・表記
「天心爛漫」や「天真爛慢」と書くのは誤りです。
現代日本語では「天真爛漫」と表記します。
参考文献・出典
- 新村出編『広辞苑』第七版、岩波書店、2018年。
- 飯間浩明編『小学館 四字熟語を知る辞典』小学館、2018年、「天真爛漫」項。
- 小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005~2006年、「天真爛漫」項。
- 陶宗儀『南村輟耕録』巻二十「狷潔」。
- 中華民国教育部『成語典』2020年、「天真爛漫」項。
- 国立国会図書館『特命全権大使米欧回覧実記 第1編』書誌情報。
