高が知れる
読み方:たかがしれる
「高が知れる」の意味
物事の程度や限度が分かっており、大したものではないという意味です。
能力、金額、数量、規模などについて、どれほど多く見積もっても限界があるという含みを持ちます。
人の能力や考えについて使うと、相手を低く評価する響きを伴うことがあります。
「高が知れる」の語源・由来
「高(たか)」には、数量や金額の総量を表す意味があり、「残高」「生産高」「売上高」などにもその意味が含まれています。
そこから、物事の程度や限界を指す意味でも使われるようになりました。
「高が知れる」は、その「高」が「知れる」、すなわち程度や限界が分かるという形からできた表現です。
「どこまでいっても限度が分かっている」というところから、大したことはないという含みを持つようになりました。
「高が知れる」の使い方
次のような型がよく使われます。
- 「〜は高が知れている」
「〜」には、能力、収入、数量など、程度や限界を問題にするものが入ります。「一人でできることは高が知れている」「副業の収入は高が知れている」などの形です。 - 「〜など高が知れている」
「など」を使うと、そのものを大したものではないと見る気持ちが強く出ます。「学生の小遣いなど高が知れている」「一人の力など高が知れている」などと使います。 - 「高の知れた〜」
名詞を修飾する形では「高の知れた」も使われます。「高の知れた金額」「高の知れた人数」などの形です。
「高が知れる」の例文
- どれほど残業を増やしても、一人で処理できる仕事量など高が知れている。
- 地方大会で数回勝った程度の実績では、全国の強豪を相手にしたときの実力は高が知れるだろう。
- 若いころの貯金は高の知れたものだったが、それでも旅行の費用には十分だった。
「高が知れる」の類似表現
高を括る(たかをくくる)
「高を括る」は、相手や物事の程度をそれほど大きくないと見積もり、甘く考えることをいいます。
「高が知れる」が程度や限度について述べる表現なのに対し、「高を括る」は、それを低く見積もる人の判断や態度を表します。
取るに足りない(とるにたりない)
価値や重要性が低く、問題にするほどではないものに使います。
「高が知れる」は能力や数量などの上限を見積もる場合にも使えますが、「取るに足りない」は価値や重要性への評価として使いやすい表現です。
「高が知れる」の古い用例
浄瑠璃『雪女五枚羽子板』(1708年)には、「煽げば飛ぶたかのしれた浮世の中」とあります。
ここでは「たかのしれた」という名詞につなげる形の連体形が使われています。
18世紀初めには、「高」を程度や限度の意味で用い、それが大したものではないことを示す表現が使われていたことが分かります。
幕末の坂本龍馬が慶応2年(1866年)に書いた手紙にも、「高のしれたをんなめ」という記述が見られます。
「高の知れた」が人の力量などを低く評価する言い方として用いられていた例です。
参考文献・出典
- 新村出編『広辞苑』第七版、岩波書店、2018年。
- 米川明彦・大谷伊都子編『日本語慣用句辞典』東京堂出版、2005年、「高が知れる」項。
- 小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005~2006年、「高が知れる」「高」項。
- 国立国語研究所『基本動詞ハンドブック』「知る」。
