九死一生
読み方:きゅうしいっしょう
「九死一生」の意味
「九死一生」は、ほとんど助かる見込みがないほど危険な状態、または、その状態からかろうじて命が助かることを意味します。
「九死一生」の語源・由来
「九死」という語は、戦国時代の楚の詩人・屈原による「離騒」に見られます。
原文には
「亦余心之所善兮、雖九死其猶未悔」
とあり、自分が正しいと信じることのためなら、死ぬような目に何度遭っても悔いないという趣旨です。
ただし、ここに現在と同じ「九死一生」という四字の並びはありません。
唐代の劉良は「離騒」のこの部分への注で、「九、數之極也」として「九」を数の極みと説明し、
「九死無一生、未足悔恨」
と記しています。
この注にも「九死一生」が四字続きで現れるわけではありません。
五臣による『文選』の注は開元6年(718年)にまとめられました。
一方、『全唐文』巻246に収められた唐の李嶠「為御史大夫婁師德謝賜雜彩表」には、
「九死一生、豈當還顧」
と、現在と同じ四字形が見られます。
李嶠は7世紀後半から8世紀初頭に活動し、713年前後に没した人物です。
この文章では、生還した出来事を振り返るのではなく、戦いで命を失う危険を顧みない覚悟を示す文脈で使われています。
伝わる文献上では、現在の四字形を劉良の注だけから生まれたものと断定することはできません。
「九死一生」の使い方
次のような形で使われます。
- 「九死一生を得る」
大事故や災害など、命にかかわる危険からかろうじて助かったことを述べる形です。 - 「九死一生の〜」
後ろに、命の危険にかかわる経験や状態などを表す名詞を続けます。
「九死一生」の例文
- 荒れた海で船が転覆したものの、漁船に発見されて九死一生を得た。
- 雪崩に巻き込まれた彼は、救助後に自らの九死一生の経験を語った。
- 大けがを負った選手は九死一生の状態を脱し、長い治療を経て退院した。
「九死一生」の類似表現
十死一生(じっしいっしょう)
意味はほぼ同じで、多くの場面で言い換えられます。
「十死一生」は「九死一生」よりも、生きる見込みの乏しさをさらに強めた表現として使われます。
危機一髪(ききいっぱつ)
「危機一髪」は、髪の毛一本ほどのわずかな差で危険に陥りそうな瀬戸際を指します。
命にかかわる場合だけに限らず使えるため、生死にかかわる危険を中心とする「九死一生」より使用範囲が広い言葉です。
「九死一生」の古い用例
日本語では、平安時代の源経頼の日記『左経記』長元4年(1031)6月7日条に、
「日来辛苦、已九死一生也」
という用例があります。
重病について記した箇所で、「九死一生」が命の危うい状態を示しています。
11世紀には、日本の漢文記録で現在と同じ四字形が使われていたことが分かります。
明治11~12年(1878~1879)の織田純一郎訳『花柳春話』第三には、
「卿は僕が為めには九死一生の恩人なり」
とあります。
「九死一生の〜」と後ろの名詞へつなぐ形が、明治初期の文章にも見られます。
参考文献・出典
- 新村出編『広辞苑』第七版、岩波書店、2018年。
- 飯間浩明編『小学館 四字熟語を知る辞典』小学館、2018年、「九死一生」項。
- 小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005~2006年、「九死一生」項。
- 中華民国教育部『成語典』2020年、「九死一生」項。
- 『全唐文』巻246、李嶠「為御史大夫婁師德謝賜雜彩表」。
