倶会一処
読み方:くえいっしょ
「倶会一処」の意味
「倶会一処」とは、極楽浄土に生まれた者が、一つの場所でともに会うことをいう仏教語です。
日本では、亡くなった人との浄土での再会を願う言葉としても受け取られ、墓石に刻まれることがあります。
「倶会一処」の語源・由来
出典は、鳩摩羅什(くまらじゅう)が漢訳した『仏説阿弥陀経』です。
この漢訳は、唐代の経典目録『開元釈教録』などでは402年に訳されたものとされています。
『仏説阿弥陀経』には、極楽国土について聞いた者に、そこへ生まれることを願うよう勧める中で、
得與如是諸上善人倶會一處
とあります。
「このようなもろもろのすぐれた人々と、ともに一つの場所で会うことができる」という内容です。
ここには、現在の「倶会一処」に対応する「倶會一處」の四字が続けて現れています。
そのため、別々の語句や故事を後世に組み合わせて作られた四字熟語ではありません。
現在の「会」「処」は、日本で一般に用いられる字体にした表記です。
ただし、漢訳経典の中に四字が存在することと、日本語で「倶会一処」が独立した言葉として定着した時期とは別の問題です。
日本で独立した四字の表現として使われ始めた年代を一つに定められる資料は確認できません。
「倶会一処」の使い方
次のような形で使われます。
- 「倶会一処の〜」
後ろに「教え」「願い」などを続けます。「倶会一処の教え」「倶会一処の願い」などの形です。 - 「倶会一処と刻む」
墓石や墓碑にこの四字を記す場合に使います。浄土でともに会うという願いと結びついた用い方です。 - 「倶会一処を願う」
浄土でともに会うことへの願いを述べる形です。
「倶会一処」の例文
- 祖父の墓石には、浄土での再会を願って倶会一処の四字が刻まれていました。
- 法要で住職から倶会一処の教えを聞き、父との別れについて改めて考えました。
- 寺では彼岸の法要を営み、亡き人々との倶会一処を願いました。
「倶会一処」の類似表現
一蓮托生(いちれんたくしょう)
もとは、死後に極楽浄土の同じ蓮華の上に生まれることをいう仏教語です。
現在では「結果がどうなっても行動や運命をともにする」という世俗的な意味でも広く使われます。
「倶会一処」は現在も仏教や葬送・墓碑の場面との結びつきが強いため、日常生活で単に「運命をともにする」と言いたい場合には「一蓮托生」と置き換えることはできません。
「倶会一処」を構成する言葉の意味
「倶」は「ともに」、「会」は「会う」、「一処」は「一つの場所」を表します。
経文を書き下すときは「倶(とも)に一処に会する」と読まれます。
熟語全体の読みは「くえいっしょ」です。
「倶会一処」の古い用例
明治40年(1907年)刊の河東碧梧桐選『續春夏秋冬』夏之部には、句仏の句として、
倶会一処墓地に茨咲き葵咲く
が収められています。
句仏は大谷光演の俳号です。
この例では「倶会一処」が経文の一部分として引用されるのではなく、墓地を詠んだ日本語の俳句の中に独立した四字の表現として置かれています。
少なくとも明治末には、このような用例が確認できます。
参考文献・出典
- 新村出編『広辞苑』第七版、岩波書店、2018年。
- 飯間浩明編『小学館 四字熟語を知る辞典』小学館、2018年、「倶会一処」項。
- 小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005~2006年、「倶会一処」項。
- 鳩摩羅什訳『仏説阿弥陀経』、『大正新脩大蔵経』第12巻、No.366。
- 『新纂浄土宗大辞典』「阿弥陀経」項。
- 河東碧梧桐選『續春夏秋冬』夏之部、俳書堂、1907年。
