以心伝心
読み方:いしんでんしん
「以心伝心」の意味
「以心伝心」とは、言葉にしなくても、互いの考えや気持ちが通じ合うことです。
人の気持ちだけでなく、仕事や競技などで相手の意図をすぐに理解できる関係についても使われます。
「以心伝心」の語源・由来
「以心伝心」は、もともと禅宗で使われた言葉で、「心を以(もっ)て心に伝う」と訓読します。
本来は、仏法の核心を師の心から弟子の心へ伝えることを指しました。
現存する敦煌本『六祖壇経』には、
法以心傳心、當令自悟
とあり、「以心傳心」の四字がそのまま連続して現れます。
敦煌本『壇経』は8世紀後半の成立とする研究があり、唐代には現在と同じ四字形が禅の伝法をめぐる文章で使われていたことが分かります。
唐の僧・宗密(780~841)の『禅源諸詮集都序』にも、
故但以心傳心不立文字
という一節があります。
宗密はここで、達摩の禅について、文字や形式だけにとらわれずに教えの核心を受け継ぐ立場を論じています。
現在の「以心伝心」は、故事の内容を日本で四字にまとめた言葉ではなく、中国の禅宗文献に同じ四字形が確認できる表現です。
禅宗では、釈迦が花を示し、摩訶迦葉だけがその意を悟ってほほえんだとする「拈華微笑」の説話とも結び付けて理解されてきました。
ただし、この説話と現在の四字形そのものの文献上の成立は分けて考える必要があります。
「以心伝心」の使い方
次のような形で使われます。
- 「以心伝心の〜」
後ろに「仲」「関係」「間柄」などを続けます。「以心伝心の仲」「以心伝心の関係」などの形です。 - 「以心伝心で〜」
後ろに動作や結果を続けます。「以心伝心で分かる」「以心伝心で動く」などと使います。 - 「以心伝心だ」
「二人は以心伝心だ」のように、互いの意図をよく理解している人物どうしについて述べる形です。
「以心伝心」の例文
- 長年一緒に働いてきた二人は、会議中に目が合っただけで次の役割を理解するほど以心伝心だ。
- 幼いころから一緒に育った姉妹は以心伝心の仲で、相手が何を言おうとしているのか表情だけで察することがある。
- 試合終盤、二人の選手は声を掛け合う間もない場面で以心伝心で動き、決勝点につなげた。
「以心伝心」の類似表現
意気投合(いきとうごう)
考えや気分がよく合うことを表します。
「初対面ですぐ意気投合した」のように、会話や交流を通して気が合う場合にも使える点が異なります。
阿吽の呼吸(あうんのこきゅう)
複数の人が、互いの調子をよくつかんで同じタイミングで行動することを表します。
「阿吽の呼吸で作業を進める」のように、気持ちの理解よりも動作や連携の一致を言いたい場面に適しています。
「以心伝心」の古い用例
道元の『正法眼蔵』「葛藤」には、
たとへばこれ以心伝心なり
とあります。
「葛藤」は寛元元年(1243)に示された巻で、13世紀の日本ですでに「以心伝心」という現在と同じ四字形が使われていたことを示す早い用例です。
福沢諭吉の『文明論之概略』(1875年)には、
所謂以心伝心なるものにて
という用例があります。
ここでは禅宗の師弟間の伝法に限定されずに使われており、19世紀には宗教上の専門語を離れた用法が定着していたことがうかがえます。
参考文献・出典
- 新村出編『広辞苑』第七版、岩波書店、2018年。
- 飯間浩明編『小学館 四字熟語を知る辞典』小学館、2018年、「以心伝心」項。
- 小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005~2006年、「以心伝心」項。
- 法海集記『南宗頓教最上大乗摩訶般若波羅蜜経六祖慧能大師於韶州大梵寺施法壇経』敦煌本。
- 宗密『禅源諸詮集都序』、『大正新脩大藏經』第48巻、No.2015。
- 道元『正法眼蔵』「葛藤」。
- 伊吹敦「再び『金剛經解義』の成立を論ず」『印度學佛敎學硏究』第72巻第1号、2023年。
