清濁併せ呑む
読み方:せいだくあわせのむ
「清濁併せ呑む」の意味
善いものも悪いものも分け隔てなく受け入れる、度量の大きさを表す慣用句です。
人の長所だけでなく、欠点や自分とは異なる考えまで受け止められるような心の広さをいいます。
「清濁併せ呑む」の語源・由来
「清濁」は、もともと澄んでいることと濁っていることを表す言葉で、そこから善と悪、善人と悪人、賢者と愚者などの意味にも使われるようになりました。
「清濁併せ呑む」は、大海が清らかな流れも濁った流れも区別せずに受け入れる姿を、人の大きな度量にたとえた表現です。
清流と濁流のどちらも呑み込む大海になぞらえて、さまざまな人や物事を受け入れることをいいます。
「清濁併せ呑む」の使い方
次のような型がよく使われます。
- 「清濁併せ呑む人・人物」
「清濁併せ呑む」が後ろの人物を説明する形です。「清濁併せ呑む人」「清濁併せ呑む人物」などと使います。 - 「清濁併せ呑む度量・器量」
心の広さを表す「度量」「器量」などにつなげます。「清濁併せ呑む度量がある」「清濁併せ呑む器量を持つ」などの形です。 - 「清濁併せ呑んで〜」
「呑む」を「呑んで」として、その後の行動へつなげます。「清濁併せ呑んで人をまとめる」「清濁併せ呑んで付き合う」などと使います。
「清濁併せ呑む」の例文
- 彼は自分と意見が合わない相手も遠ざけず、清濁併せ呑む姿勢で組織をまとめてきました。
- 多くの人を率いるには、一人一人の欠点まで受け止める清濁併せ呑む度量も必要です。
- 年齢を重ねた彼女は、以前よりも清濁併せ呑んで人と付き合えるようになりました。
「清濁併せ呑む」の類似表現
来る者拒まず(くるものこばまず)
自分のところへやって来る人を拒まないことをいいます。
「来る者拒まず」は、人を受け入れるかどうかに使うのが中心です。
「清濁併せ呑む」は、人の善悪や長所・欠点なども含めて受け止める度量を表すため、意味の範囲がより広くなります。
酸いも甘いも噛み分ける(すいもあまいもかみわける)
人生経験を積み、世の中のよい面も悪い面もよく知っていることをいいます。
経験によって物事を理解していることに重点があり、人や物事を分け隔てなく受け入れることを直接表す言葉ではありません。
「清濁併せ呑む」の古い用例
中村星湖の『少年行』(1907年)には、「清濁併せ呑むと云ふ次第でもあらうか」という記述があります。
明治40年には、現在と同じ「清濁併せ呑む」という言い回しが使われていました。
鳥谷部春汀の『明治人物月旦(抄)』には、大隈重信について「清濁併せ呑むの大度」と記されています。
ここでは「清濁併せ呑む」が「大度」を修飾し、広い度量を表す形で使われています。
この本の元になった『春汀全集 第一卷』は1909年刊です。
「清濁併せ呑む」の間違いやすい使い方・表記
「清濁併せ呑む」は、一人の中に善い面と悪い面の両方があるという意味ではありません。
「清濁」を自分の中に「併せ持つ」のではなく、善悪さまざまな人や物事を受け入れることをいいます。
四字熟語では「清濁併呑(せいだくへいどん)」という形もあります。
「清濁併せ呑む」と同じ意味で使われます。
参考文献・出典
- 新村出編『広辞苑』第七版、岩波書店、2018年。
- 米川明彦・大谷伊都子編『日本語慣用句辞典』東京堂出版、2005年、「清濁併せ呑む」項。
- 小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005~2006年、「清濁併せ呑む」項。
- 集英社『会話で使えることわざ辞典』「清濁併せ呑む」項。
- 鳥谷部春汀「明治人物月旦(抄)」、『明治文学全集 92 明治人物論集』筑摩書房、1970年。
