魔が差す
読み方:まがさす
「魔が差す」の意味
ふと悪い考えを起こしたり、普段ならしないような悪い行動に出たりすることです。
一時的な出来心についていうことが多く、単に判断を間違えたというだけでなく、悪い方向へ心が動くという含みがあります。
「魔が差す」の語源・由来
「魔」は、もともと仏教の言葉です。
サンスクリット語の「māra」の、音をそのまま写した「魔羅」の略で、仏道の修行を妨げたり、人を惑わせたりするものを指しました。
そこから、人の心を迷わせて悪へ引き入れるものも「魔」と呼ぶようになりました。
「差す」は、「嫌気が差す」などと同じく、あるものが心の中に入り込んでくる意味で使われています。
「魔が差す」は、魔が人の心に入り込んだかのように、いつもとは違う悪い考えが生じることを表した言い方です。
近世には、人の理解しにくい悪事や心の迷いを「魔」の働きになぞらえる表現が用いられており、その中で「魔が差す」という慣用句も使われるようになりました。
「魔が差す」の使い方
次のような型がよく使われます。
- 「魔が差して〜する」
「魔が差す」を「差して」と続け、そのあとに実際にしてしまった行為を置く形です。「魔が差して財布に手を伸ばす」「魔が差してうそをつく」などと使います。 - 「魔が差したのか〜」
普段ならしないような行動について、どうしてそんなことをしたのかと推測するときに使います。「魔が差したのか、規則を破る」「魔が差したのか、金に手を付ける」などの形です。 - 「魔が差したとしか思えない/言いようがない」
その人らしくない行動について、ほかに理由が思いつかないという言い方です。「魔が差したとしか思えない」「魔が差したとしか言いようがない」などと使います。 - 「ふと/一瞬、魔が差す」
「ふと」「一瞬」などを添えると、心が急に悪い方向へ動いたことを示せます。「ふと魔が差す」「一瞬、魔が差した」などの形です。
「魔が差す」の例文
- 試験中、どうしても答えが分からず、彼は魔が差して隣の答案をのぞいてしまった。
- あれほど規則に厳しかった社員が会社の金に手を付けたのは、魔が差したのかと周囲を驚かせた。
- 普段は誠実な彼が人をだますような話に加わったなんて、魔が差したとしか思えない。
「魔が差す」の類似表現
出来心(できごころ)
「出来心」は、その場で急に起こった考えや衝動を指す言葉で、「出来心で盗んだ」「出来心を起こす」のように使います。
「魔が差す」は「魔が差して盗んだ」のように動詞として使えるため、文の組み立て方が異なります。
「出来心」も悪い行為についてよく使われ、意味の重なる場面が多くあります。
血迷う(ちまよう)
「血迷う」は、一時的に正常な判断ができなくなり、見境のない行動を取ることをいい、「血迷って無謀な勝負に出る」のように、犯罪や悪事に限らず、無茶な判断にも使えます。
「魔が差す」の古い用例
近松門左衛門の世話浄瑠璃『冥途の飛脚』には、1711年ごろ、「根性に魔がさいて大分人の金を誤り」とあります。
「誤る」はここでは人の金をだまし取る意味で、客の金に手を付けた忠兵衛について父親が語る場面の言葉です。
「魔がさいて」という言い方で、すでに18世紀初めには、人が思いがけない悪事をしてしまったことを表す慣用的な言い方として使われていました。
『日本国語大辞典』では、この『冥途の飛脚』の記述が「魔が差す」の初出例として挙げられています。
「魔が差す」の間違いやすい使い方・表記
「魔が差す」は、単に失敗したり、不運な出来事に遭ったりしたことをいう表現ではなく、ふと悪い考えが起こり、普段しない行動をしてしまう場合に使います。
たとえば、道を間違えた、転んだ、事故に遭ったといった偶然の失敗だけを指して「魔が差した」というのは、本来の意味とは合いません。
表記は「魔が差す」が一般的です。
「差す」は、心の中にある気持ちや状態が入り込んでくる意味で使われています。
参考文献・出典
- 新村出編『広辞苑』第七版、岩波書店、2018年。
- 米川明彦・大谷伊都子編『日本語慣用句辞典』東京堂出版、2005年、「魔が差す」項。
- 小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005~2006年、「魔が差す」項。
- 近藤瑞木「魔がさす」『鴨東通信』No.110、思文閣出版、2020年。
