血が通う
読み方:ちがかよう
「血が通う」の意味
「血が通う」とは、形式や決まりに従うだけでなく、相手の事情や気持ちをくみ取った、人間らしい配慮があることです。
対応、制度、政策、教育、文章などについて、機械的な処理や冷たい内容ではなく、実際の人を大切にする考えが反映されていると評価するときに使います。
「血が通う」の語源・由来
「血が通う」は、もともと体内に血が流れていて、生きていることをいう表現です。
血が流れる生身の人間を、生命や感情を持たない物と対照的に捉えたことから、制度や対応などにも人間の心が働いているような、細かな思いやりがあることをたとえるようになりました。
「血が通う」の使い方
「血が通った福祉政策」「血の通った文章」のように、後ろに名詞を置いて使います。
述語にする場合は、「この制度には血が通っている」のように、配慮が反映されている対象を「に」で示せます。
「血が通っていない対応」のような否定形では、相手の事情を考えず、形式だけで処理しているという批判が伝わります。
「血が通う」の例文
- 市は、被災者一人ひとりの生活事情を聞き取ったうえで、血が通った支援策を打ち出しました。
- 現場で働く人たちの意見が盛り込まれたことで、この制度にもようやく血が通いました。
- 問い合わせに定型文を返すだけでは、利用者から血が通っていない対応だと思われても仕方がありません。
「血が通う」の類似表現
人間味がある(にんげんみがある)
「人間味がある」も、人間らしい思いやりや優しさが感じられることをいいます。
「あの先生は人間味がある」のように人物を直接評価できる点が特徴です。「血が通う」は、「血の通った対応」「血が通った制度」のように、人の心や配慮が反映された行為、仕組み、作品などについて使われることが多く、「人間味のある対応」と言い換えることができます。
「血が通う」の古い用例
泉鏡花が1898年に発表した『玄武朱雀』には、「血の通ふ、筋の張った二の腕に」とあります。ここでは、人間の腕に実際に血が流れているという、文字どおりの意味で使われています。
中村真一郎の『佐藤春夫による文学論』には、1958年の用例として「血の通ったものでなければ」とあります。文学作品が生きた体験に支えられ、人間らしい実感を備えていることを述べた表現です。
参考文献・出典
- 新村出編『広辞苑』第七版、岩波書店、2018年。
- 米川明彦・大谷伊都子編『日本語慣用句辞典』東京堂出版、2005年、「血が通う」項。
- 小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005~2006年、「血が通う」項。
