寸善尺魔
読み方:すんぜんしゃくま
「寸善尺魔」の意味
世の中にはよいことが少なく、悪いことのほうが多いこと、また、よいことがあっても大きな災いや邪魔が起こりやすいことをたとえた言葉です。
「寸善尺魔」の語源・由来
「寸善」は一寸ほどのわずかな善、「尺魔」は一尺ほどの大きな魔を表します。
一尺は一寸の十倍なので、わずかな善に対して、はるかに大きな妨げがあるという対比になっています。
特定の中国古典を出典とする四字熟語ではなく、中国の古い文献には「寸善尺魔」の用例が見つかっていないとされます。
円満字二郎は、「一寸進んで一尺退く」という「寸進尺退」の形を下敷きにし、仏教で修行を妨げるものを意味する「魔」を取り入れて、日本で作られた可能性を指摘しています。
成立の詳しい経緯は確定していません。
「寸善尺魔」の使い方
次のような形で使われます。
- 「寸善尺魔の〜」
後ろに「世の中」「人生」などを続けます。「寸善尺魔の世の中」「寸善尺魔の人生」などの形です。 - 「〜は寸善尺魔だ」
悪いことが重なった状況について述べるときに使います。「世の中は寸善尺魔だ」などと続けます。 - 「寸善尺魔とは〜」
よいことのあとに大きな災難が起きた場面などで、「寸善尺魔とはよく言ったものだ」のように使います。
「寸善尺魔」の例文
- 念願の契約が決まった直後に主力商品の不具合が判明し、寸善尺魔とはまさにこのことだった。
- 彼は不運が続いた数年間を振り返り、人生は寸善尺魔だと苦笑した。
- 一つ問題が片づくたびに別の大きな問題が起こり、寸善尺魔の世の中だと嘆きたくなる。
「寸善尺魔」の類似表現
好事多魔(こうじたま)
よいことには邪魔が入りやすいという点で近い表現です。
「好事多魔」は、順調な出来事や喜ばしいことが妨げられる場面に向いています。
「寸善尺魔」はそれに加え、世の中には善いことより悪いことのほうが多いという嘆きを表す場合にも使えます。
寸進尺退(すんしんしゃくたい)
少し進んでも、それ以上に大きく後退することをいいます。
物事が思うように進まない経過を述べる表現で、善悪そのものを問題にする言葉ではありません。
「寸善尺魔」の古い用例
北条重時が13世紀中ごろに著したとされる『極楽寺殿御消息』には、
「ふるきこと葉にも寸善尺魔と申事あり」
とあります。
同書の成立は重時の晩年、1256年から1261年ごろとされており、この時点ですでに「古い言葉」として扱われていました。
弘安3年(1280)の日蓮『新池御書』にも
「寸善尺魔と申すは是なり」
とあります。
ここでは、仏道修行や三宝への供養をしようとする心が妨げられることを説く中で使われており、中世には仏教的な文脈でも用いられていたことが分かります。
明治20年(1887)に刊行が始まった二葉亭四迷『浮雲』では、
「寸善尺魔(せきま)の世の習い」
という形が使われています。
「尺魔」を「せきま」と読ませており、近代には現在一般的な「しゃくま」とは異なる読みも行われていました。
参考文献・出典
- 新村出編『広辞苑』第七版、岩波書店、2018年。
- 飯間浩明編『小学館 四字熟語を知る辞典』小学館、2018年、「寸善尺魔」項。
- 小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005~2006年、「寸善尺魔」項。
- 小澤富夫編・校訂『武家家訓・遺訓集成』増補改訂、ぺりかん社、2003年。
- 内田澪子「『極楽寺殿御消息』再考―田中穣氏旧蔵典籍古文書所収本の紹介から・附翻刻」『国立歴史民俗博物館研究報告』第136集。
- 円満字二郎「四字熟語根掘り葉掘り66:「寸善尺魔」を今風に解釈すると……?」公益財団法人日本漢字能力検定協会、2020年。
- 二葉亭四迷『浮雲』。
- 太宰治『ヴィヨンの妻』1947年。
